大学に在籍していた頃、
スクーリングの臨床心理学の授業で先生が、
「人に分かるって言われたら不愉快でしょ?」と、
言っていた言葉を時々思い出します。
その先生の師である
日本の臨床心理学の雄である河合隼雄先生も
「人の心は分からないもの」と
繰り返し色んな書籍やインタビューなどで
発言されていたと記憶しています。
臨床心理学を志す者は
何かしらの生い立ちや背景があるとよく言われますが、
何を隠そう私もその1人です。
そして数年前、
仕事がきっかけで精神的にしんどくなってしまった際、
大学で学んでいたはずの臨床心理学が役に立たないことを痛感し、
臨床心理学の知見を一切取り入れない
臨床心理学領域の卒業研究を行いしました。
一見非常識な研究手法と出来上がった奇抜な研究報告書を読んだ
指導教員を務めてくれた上記のスクーリングの先生は、
そんな私の行為をとてもおもしろがってくださいました。
恩師も前任校のパワハラ行為により
心が折れたことで退職を余儀なくされ、
私の在籍していた大学にやってきた方だったのです。
私は『さよならテレビ』という、
ドキュメンタリー映画が大好きなんです。
社会的弱者が社会やコミュニティの中で排除されたりする姿に
とても胸が痛くなりますが、
映画は最後の最後に
「人の弱さがもたらすチカラ」という
不思議なメッセージを残すシーンを観て、
人の弱さについて語り続ける恩師のメッセージと
なんだか似てる!と思って、
映画の鑑賞から3年かけてようやく恩師に映画の話をすることができたのが
去年の今月末のことでした。
かわいがっていた教え子が
自分以上の”推し”について語る姿を
恩師はどう思って見ていてくれたのだろうか
未だに私には分かりません。
それでもコミュニティから排除される痛みや
それでも人の弱さがもたらすチカラについて
恩師が伝えたかったことを
きちんと私なりきに理解して
先生の言いたいことはね!って
あの場で伝えることができたんじゃないのかな?
あの後、
配信もしていないソフト化もしていない
『さよならテレビ』を観てくれたかどうかは分からないけど、
長い時間をかけて誰かに伝えたいと思っていた想いを
ちゃんと伝えることができたことに
今でもやってよかったなって思ってるんです。
心が折れてヘタっていた頃、
何にも言ってこないフォレスターの存在に
とても助けられていました。
前の仕事で散々自分の言いたいことは言ってくるくせに
私の気持ちを理解しようとしてくれない人が
周りにあふれていたことで
私は人を避けるようになってしまいました。
こういう投稿をしていても、
「分かる!自分もそんな頃があってね~あの頃は~」って
自分語りしてくる人が絶対いるんですよ(笑)
誰もお前の気持ちなんか聞いてないんだよ!って
だから「あなたのこと興味ない」って言うことでしか、
相手も制止できず自分を守ることもできないという、
悲しい状況に陥るのは目に見えてるわけで(笑)
だから何も言わず、
ただただそばにいてくれたフォレスターの存在に
救われていました。
今回は社会復帰まで3年半の時間を要しましたが、
精神科や心療内科や専門家の力を借りず、
投薬やカウンセリングといったものの力も借りませんでした。
仕事の経験や大学の勉強から、
専門家の力を借りてもというのは色々と分かっていたので、
何も言わないフォレスターにカウンセラーになってもらい、
仕事で大嫌いになってしまった長野の地を離れて
ずっと自分と向き合う日々を過ごしてきました。
その中で、
自分にとって本当に必要なものがなんなのか、
自分が追い求めているものはなんなのか、
自分はどんな人が好きで、
どんな人のことを知りたくて、
どんな人のことを追いかけたいか、
そんなことを繰り返し繰り返し、
自分に問いかけていたように思います。
今思えば、
自尊心を傷つけてくる人から
いかに自分を守るかという課題を
与えられていたように思うんですよね。
執拗に私を追いかけまわし、
私を傷つけてくる人は
私の人生に何度も繰り返し登場してきました。
そういう人がなぜ私を追いかけてくるのか。
それは相手の嫉妬心と
私の防御力の弱さが原因だったんだなと
今なら分かります。
いつかこよなく愛する作品の作家さんと
お話ができる機会に恵まれた際、
ちょっと大人しそうな印象を受けながらも
感受性がとても鋭くて誰よりもやさしいその方が
「仕事で接する方々にバカにされないようにしてます」と
なぜか私に言ってくれたことは今でも忘れられません。
そしてその方が尊敬する人物も
「僕は弱虫だから」と自負しながらも、
ちゃんと硬いものを持っていたと話されていたことを
今でもよく覚えています。
そういえばその作家さんと偶然にも同い年で
表現を生業としているとても尊敬している方も
「賢くなって自分を守れ」ってメッセージを作品の中で残していましたね。
お世話になった作家さんの言葉は本当に金言だらけでした。
あの時間も、フォレスターがいなかったら、
存在しなかったものです。
私にとって必要な出会いをもたらしてくれたのも
フォレスターのおかげ。
私がフォレスターを好きでい続けるのは、
何も言わないで私が必要なものをちゃんと与えてくれるから。
こういうこと書いてると、
「1人の時間大切だよね!俺も時々1人になりたいからよく分かる!」とか、
そういうこと言ってくる人いるんですけど、
そういうのも本当にやめて欲しい(笑)
心の深度が近い人はなかなか出会えないけど、
せめて自分の尊敬人物の深度をめがけて
自分も深めていきたい。
白い羊になりたいんじゃない。
たとえ黒い羊になってでも、
組織に排除されそうになりながらも
自分が追い求めていることを追い続ける
尊敬人物のようになりたい。
たとえ誰にも理解してもらえなかったとしても。
私はありがたいことに
尊敬人物の方に顔を覚えていただけることができました。
なかなか見つけることのできなかったメンターとして存在してくださるその方に
感謝をせずにはいられません。
私が欲しいもの、求めているもの、探しているものが
たとえ長野になくても、
一緒に探し続けてくれたフォレスターの存在のおかげでもあります。
なんとしてでも変わろうとし続ける私の、
絶対諦めない私の、
いつも味方でいてくれて本当にありがとう。
言葉にならない私の想いをちゃんと汲み取ってくれる
フォレスターや尊敬人物たちの存在が
私にとってなくてはならないものだから。
人の気持ちは分からなくても、
人を知ろうとする気持ちは大事だから。
それが分かる人だけ。
それが分かる人だけと仲良くなりたい。
私はあなたのこと分かってると言ってくる
何も分かっていない人のことは好きになれない。
人の気持ちは分からなくて当然なんだから。
それでも、
フォレスターや尊敬人物の人たちみたいに
私の気持ちを汲んでくれる人たちはちゃんといるから。
絶対諦めないで。