#BOXER60周年おめでとうございます。
小学生時代まで、富士重工業の車や
ラビットスクーターに
囲まれて育つ環境に居ましたが、突然、
環境が変化し、スバルに縁遠い生活になり、
親たちに遠慮というか大人の言葉では、
忖度とも言いますが、スバルの話題を避けて
過ごしてきていました。
環境が変わる前は、スバル360やカスタムの
助手席が自分の指定席で、
今では違反になると思いますが、
助手席フロントダッシュボードの
グリップを両手で掴み、助手席フロアに
立って乗っており、父親との楽しい時間
だった記憶です。R2のデザインが
子どもの頃の自分は、一番カッコよく
感じたり…
その後、スバル1000、
ff-1 1300Gスーパーツーリングへと
父親の車が変わっていき、いまだに
子供の頃の記憶で残っているのが、
スバル1000のダッシュボードが
傾斜していて、その形状が
変わってると思い、なぜ
こんなカタチなのかを父親に尋ねると、
ぶつかった時(衝突)乗っている人が
角に当たってケガしないように
なっているとの回答でした・・・
嘘か誠かわかりませんが
0次安全でしょうか・・・(笑)
あと、ff-1 1300Gでは、子供の
自分に対して、車の性能を解説
してくれていて、しきりに、
これはツインキャブなんだ、
速いんだと言っていた事、
この記憶が残っています。
他には、レオーネデビューでの
尾崎紀世彦氏のCMソングが
とても鮮烈でした。
幼稚園から小学生までの間、
レックスとレオーネが発売
されるまでのSUBARUとの距離感
でしたが、車名を覚える楽しみもあり
もっと長くその環境で過ごせれば
良かったなぁと、今となっては
感じるところです。
それから約半世紀、今は、もう
両親も他界して、スバル車を避けて
他メーカーの車に乗る必要もなくなり、
2021年、SKフォレスターのCMを見て、
心惹かれ、再びSUBARU車に、
戻ってこれました。既に、当時の両親の
年齢をはるかに超えています(笑)
今度は、自分が運転する側です!
そして、短いサイクルでしたが、
SKEフォレスターを経て
レガシィアウトバックBT5へ乗り換え、
現在にいたります。
やはり、子供の頃のSUBARUの思い出は、
心の奥深くにいつもあって、
いつかは乗らないと、との思いが実現して、
現在は、愉しいカーライフになっています
長文で失礼しました。
【写真】
フォレスター
(アウトバック納車日、お別れの日)
アウトバック
(富士スピードウェイ、
サーキット体験走行に出掛けた日)