長野にやってきて13年が経ちました。
新潟で生まれ育ち、海がそばにある生活を送っていたため、
今も時々海が恋しくなって、
故郷の上越によく出ては海を眺めることが多いです。
東京出身の夫もライブや用事で東京に行くことが多いし、
もしかすると来月から子どもも1年間限定の習い事で
月に数回東京に通うことになるかもしれません。
去年もそんな感じのことで県外に頻繁に通わせていました。
私もキャンプやら撮影やらで家をあけすぎていて、
長野にいる日が少ないですよね(笑)
もはや仕事や学校のために長野に普段いるだけで、
ここに地盤を持つつもりないだろ(笑)っていうような家族です。
私は前職の影響で長野も長野の人も好きではなくなり、
長野にいることが苦痛になっちゃったんですよね。
長野という現実が私にとって苦痛で、
長野にいれば地域柄、妻や母親業といった社会的役割を強要されるし、
外の世界を知らず価値観が狭くてつまらない人多いし、
都市計画の失敗と利権から利便性と自由主義が失われた地域なこともあって、
私は長野にあまり未来を感じていないんです。
ここに住んでるんだから
ここで花を咲かさなきゃいけないのかと
ずっとずっと悩んでいて、
色々と諦めなきゃいけないのかと長いこと悩んでました。
それでも私は諦められなかったんですよね。
ここに欲しいものがなければ、
会いたい人がいなければ、
外に行って探せばいいってなって、
フォレスターと共に自分の未来をずっと探し回っていたような気がします。
その結果が今の私なんだな、なんて時々思います。
臨床心理学を学んでいた時、
精神的に落ち込んだり、人生に迷った人が
どうしてそういったことに苛まれるかって考えたことがありました。
すると、
そういった人たちは自分の突破口を探すための行動の仕方や答えの探し方を
知らないからなんだなって考えるようになったんですね。
あと何より頭が硬いから、動けなくなる人が多いんだなって。
親の言うことが絶対だ!とか、
正社員にならないと不幸になる!とか、
みんなと同じでいなきゃダメだ!とか、
心が壊れたら精神科や心療内科やカウンセリングしか行くことが思い浮かばない!とか、
本当はもっと多様な生き方や選択肢があるのに、
それを探すことができない人が
精神的にしんどくなるんだろうなって
私はそんな風に思って見てます。
長いことそういった方々と接点を持ってきたからこそ、
色んな人たちに会ってきたからこそ、
自信をもって言える。
だから自分の選択肢を狭める人よりも、
自分の知らない選択肢を示してくれる人に
私は魅力を感じるようになりました。
だから、
研究活動時にお世話になった方々や、
私の大好きな作家さんたちに魅力を感じるんですよね。
白いキャンバスがあったら、
指定の絵の具だけで絵を描くよりも、
自分が描きたいものをよりはっきりと描かせてくれる
絵の具が欲しくなるのと
同じものだと思ってます。
世の中の大人って、
この色の絵の具じゃなきゃダメでしょ!とか、
こういう描き方をしないと汚くなるでしょ!とか、
余計なことを言ってくるじゃないですか。
だから私はそういう人たちを好きにならないんです。
自由意志を尊重させろってそういうことなんですよ。
きっと彼らは自分の自由意志の尊重のさせ方を知らず、
自分のやりたいことを見つけられないまま流されているから、
私みたいに自由気ままに生きてる人を見ると
嫉妬したくなるんでしょうね。
さて、子どもの習い事、
お金もかかるけど、送迎どうしましょうね(笑)
でも行ってこいってサインがあれば、
フォレスターに乗り始めた頃と同じで、
お金の心配はしなくて済むと思います。
長野でできないことではあるので、
いい経験させてあげられるなって親は思ってます。
置かれた場所で咲かなくたっていい。
自分が咲きたい場所を探さなきゃね。
長野にやってきて13年が経ちました。
新潟で生まれ育ち、海がそばにある生活を送っていたため、
今も時々海が恋しくなって、
故郷の上越によく出ては海を眺めることが多いです。
東京出身の夫もライブや用事で東京に行くことが多いし、
もしかすると来月から子どもも1年間限定の習い事で
月に数回東京に通うことになるかもしれません。
去年もそんな感じのことで県外に頻繁に通わせていました。
私もキャンプやら撮影やらで家をあけすぎていて、
長野にいる日が少ないですよね(笑)
もはや仕事や学校のために長野に普段いるだけで、
ここに地盤を持つつもりないだろ(笑)っていうような家族です。
私は前職の影響で長野も長野の人も好きではなくなり、
長野にいることが苦痛になっちゃったんですよね。
長野という現実が私にとって苦痛で、
長野にいれば地域柄、妻や母親業といった社会的役割を強要されるし、
外の世界を知らず価値観が狭くてつまらない人多いし、
都市計画の失敗と利権から利便性と自由主義が失われた地域なこともあって、
私は長野にあまり未来を感じていないんです。
ここに住んでるんだから
ここで花を咲かさなきゃいけないのかと
ずっとずっと悩んでいて、
色々と諦めなきゃいけないのかと長いこと悩んでました。
それでも私は諦められなかったんですよね。
ここに欲しいものがなければ、
会いたい人がいなければ、
外に行って探せばいいってなって、
フォレスターと共に自分の未来をずっと探し回っていたような気がします。
その結果が今の私なんだな、なんて時々思います。
臨床心理学を学んでいた時、
精神的に落ち込んだり、人生に迷った人が
どうしてそういったことに苛まれるかって考えたことがありました。
すると、
そういった人たちは自分の突破口を探すための行動の仕方や答えの探し方を
知らないからなんだなって考えるようになったんですね。
あと何より頭が硬いから、動けなくなる人が多いんだなって。
親の言うことが絶対だ!とか、
正社員にならないと不幸になる!とか、
みんなと同じでいなきゃダメだ!とか、
心が壊れたら精神科や心療内科やカウンセリングしか行くことが思い浮かばない!とか、
本当はもっと多様な生き方や選択肢があるのに、
それを探すことができない人が
精神的にしんどくなるんだろうなって
私はそんな風に思って見てます。
長いことそういった方々と接点を持ってきたからこそ、
色んな人たちに会ってきたからこそ、
自信をもって言える。
だから自分の選択肢を狭める人よりも、
自分の知らない選択肢を示してくれる人に
私は魅力を感じるようになりました。
だから、
研究活動時にお世話になった方々や、
私の大好きな作家さんたちに魅力を感じるんですよね。
白いキャンバスがあったら、
指定の絵の具だけで絵を描くよりも、
自分が描きたいものをよりはっきりと描かせてくれる
絵の具が欲しくなるのと
同じものだと思ってます。
世の中の大人って、
この色の絵の具じゃなきゃダメでしょ!とか、
こういう描き方をしないと汚くなるでしょ!とか、
余計なことを言ってくるじゃないですか。
だから私はそういう人たちを好きにならないんです。
自由意志を尊重させろってそういうことなんですよ。
きっと彼らは自分の自由意志の尊重のさせ方を知らず、
自分のやりたいことを見つけられないまま流されているから、
私みたいに自由気ままに生きてる人を見ると
嫉妬したくなるんでしょうね。
さて、子どもの習い事、
お金もかかるけど、送迎どうしましょうね(笑)
でも行ってこいってサインがあれば、
フォレスターに乗り始めた頃と同じで、
お金の心配はしなくて済むと思います。
長野でできないことではあるので、
いい経験させてあげられるなって親は思ってます。
置かれた場所で咲かなくたっていい。
自分が咲きたい場所を探さなきゃね。
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2024/03/06
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