
現行のWRXに6速MTを組み込んだ限定車「WRX STI Sport#」が登場し、600台の枠に約9,000件もの応募が殺到したというニュースが大きな話題となりました。
世間では「やはりMTの操る楽しさが見直された」「ドライブフィーリングこそが車の歓びだ」といった声が多く聞こえてきます。
しかし、こうした「感情論」や「フィーリング重視」の評価に対して、私はどうしても強い違和感を拭えません。
なぜなら、90年代にスポーツカーを愛した私たちがMT車を選んだ最大の理由は、情緒などではなく「MT車のほうが圧倒的に速かったから」です。
かつて『ベストモータリング』の全開ゼロスタートバトルに胸を躍らせた世代の方なら、きっと覚えているはずです。
圧倒的なトラクションで飛び出す4WDやMR、リアに荷重をのせて追従するFR、そして前輪を空転させながら食らいつくFF。
その熱狂のバトルにおいて、当時のAT車は問答無用で「ビリ」の定位置に置かれていました。トルコンのスリップ、離れすぎたギア比、あまりに遅い変速速度。当時は「速く走りたければMT一択」というのが、紛れもない物理的な事実だったのです。
もちろん、現代の技術の進化はめざましいものがあります。ポルシェのPDKに代表される最新のDCTやローンチコントロールは、人間が束になってかかっても到達できない変速速度と超精密なトラクション制御でゼロヨンを駆け抜けます。ポルシェレベルの最高峰ATであれば、絶対的なタイム競争においてMTが敵わないのは事実でしょう。
ですが、話が「国産の一般的なATやCVT」となると、話はまったく別になります。
現代のメディアは「1発の加速データ」や「カタログスペック」だけを切り取って「ATも速くなった」と語りたがります。しかし、条件を極限状態のサーキットに移したらどうでしょうか。
高負荷な全開走行を数周も続ければ、油圧と摩擦に頼るCVTは瞬く間に油温が限界を超え、フェイルセーフが介入してリタイヤを余儀なくされます。
一方で、ギアでダイレクトにパワーを伝える6MTは、熱ダレすることなくエンジンのパワーをタイヤに伝え続け、最後まで全開で走り切ることができます。
連続周回という過酷な実戦において、本当の意味で「速く、そしてタフ」なのは、間違いなく6MTです。
それにもかかわらず、世間やメディアは「サーキットで最後まで踏み切れる本物の耐久性と速さ」というメカニズムの核心から目を背け、猫も杓子も「フィーリング」や「味わい」という言葉だけでMTを片付けようとします。
私たちがMTに惹かれる根底にあるのは、単なるノスタルジーや雰囲気ではありません。熱害に強く、パワーをストレートに叩きつけられるという「機械としての圧倒的な強みと実戦での速さ」なのです。
現代のMT再評価ブームの中でそうした本質が置き去りにされているように感じるからこそ、スポーツカーを愛する人間として、私はこれからもMT車に乗り続けていきます。
(画像はAIに生成してもらいました。)