私が人生で初めて運転したクルマは、当時父が乗っていたレガシィツーリングワゴンでした。実は当時、父の仕事の都合で我が家はアメリカに住んでおりました。私はまだ高校生でしたが、アメリカでは大半の州が16歳で免許取得可能です。つまり人生初の免許はアメリカで取り、初めて運転するクルマ・レガシィは左ハンドルでした。

残念ながら写真は1枚も残っておらず、年式やグレードも不明ですが、記憶を遡るとたぶん上☝️の顔つきだったような…。写真はネットから拝借いたしました。
お恥ずかしながら当時はクルマについて何も知らず、あのクルマがレガシィだったこと、そもそもスバルという日本のメーカーのクルマということ自体をまったく知りませんでした。
同じ時期に、学校の男子友達から「おもしろいアニメがあるぞ」と紹介されたのが、頭文字Dです。当時はFourth Stageでした。アメリカでもイニDは人気でした。
めっちゃめちゃおもしろい!!!
そらもう一気にハマりました。

特に青のインプレッサなるクルマが無敗の主人公をぶっちぎったシーンは衝撃でした。まさかレガシィと同じメーカーのクルマとは知らずに。
あれから時日が経ち、高校を卒業して日本に帰国し、大学、就職、結婚、長くクルマと縁のない人生を過ごしました。しかし3年前に、当時の勤め先が駅やバス停のない僻地に移転した事が転機となり、ずっとクルマ購入に否定的だった夫が重い腰を上げ、ようやく念願のマイカーを買えるようになりました。
メーカーは迷いませんでした。
あの青いクルマのメーカーがいい。
「そうだ、スバルだ!」
スバルデビューでした。同時に水平対向エンジンデビュー。ここで初めて、あの時運転したクルマがレガシィだったと知ります。なんだか不思議な縁を感じましたねぇ…。
なので、スバル歴はまだ3年です。長年ずっとスバル車に乗り続けておられる諸先輩方とはスバルの経験も知識もぜんぜん不足しています。スバリストを名乗るにはまだまだ若輩者です。
でも間違いないのは、インプレッサが来るまでと、来た後では、明らかに今の方が毎日が充実しています。納車されてからは加速度的に、沼にハマるようにどんどんクルマとスバルに魅力されていきました。知れば知るほど、運転すればするほど、なんておもしろいんだろう。
シンメトリカルAWDの安定感、フルインナーフレームで強風にもびくともしない剛性、死角が少なく周りが見やすい構造、振動なくスムーズに気持ちよくまわる水平対向エンジンのフィーリング。
そして何よりも、アイサイトの極めて高度な危機回避能力。路地から子どもが飛び出してきた際に私が反応するより早くクルマが停止した時には、めちゃくちゃ感動しました。重い買い物荷物をカゴに入れて、フラフラして自転車を漕いでるおばあちゃんが少し道路側によろけただけでも、しっかり反応するアイサイト。なんという高性能っぷり。
最初は雨風関係なく仕事や買い物にいける喜びくらいだったのが、どんどんスバルに魅入られていく私。もちろん気になる点も出てきたわけですが、チューニングすれば改善できるとわかり、更にズブズブ。昨日までは非力だった愛車が元気にダッシュできるようになった時の感動ときたら、言葉にできません。
最初にレガシィのハンドルを握り、文太のインプレッサに度肝抜かれて、そして今はスバルにどっぷりです。
スバルを選んで、本当によかった。
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ちなみに余談ですが、めちゃくちゃかっこいいこの動画☝️でGR86を知りました。そして兄弟車BRZの存在を知り、乗るなら赤よりやっぱり青い弾丸。これだと思いましたね〜。クルマに興味なしの夫に反対されて今に至りますが、いつかは、きっと、BRZ。