フリートーク

2026/08/15 23:52

隈研吾氏とスバル
最近、皆さんの投稿で隈研吾氏のお名前がチラホラ

そう言えばと
隈研吾氏とスバルのエピソードがあったのを思い出しました
下記記事の中の写真に隈氏とレオーネが写っています

> [東大新聞オンライン]
> (2022/09/26)
> 【前編】世界的建築家・隈研吾が、退官後も東大に残り教育活動を続けるワケ
>
> 僕自身、企業と最初に関わったのは生産技術研の原広司研究室にいた院生の時。
> 「アフリカへ調査に行くのにお金を出してほしい」とスポンサー回りをして、大人の考え方を知った。

東大新聞オンライン(2022/09/26)

>
> 西アフリカ集落調査(1978)。
> 左から、藤井明、佐藤潔人、隈研吾、竹山聖、原広司(敬称略)
>
> https://www.todaishimbun.org/kumakengo_20220925/

このエピソードは当時のCartopia(1978年12月号)にも紹介されていました

> 調査隊がレオーネ4WDを選んだ理由は、優れた悪路踏破力、居住性、耐久性等を挙げていたが、特にコース中最大の難所であるサハラ砂漠の完全縦断に際しては、レオーネの4輪駆動能力と軽い車重の組み合わせ、それに燃費の良さが高く評価されたもの。
> また米国の大学からも「レオーネがベスト」だというアドバイスがあったとのことである。

日本の代表的な建築家の原点をスバルの四駆が支えたとは何とも誇らしく嬉しいことですね


Cartopia(1978年12月号)


1件のコメント (新着順)
A2215
2026/08/16 08:05

コメント失礼します<(_ _)>

隈先生にそんなエピソードがあったとは!
五条銀吾さん博識ですが、沢山本を読まれているのですね(´▽`)すごい


五条銀吾
2026/08/16 16:44

A2215さんには隈さんのことを思い出すきっかけとなっていただき感謝です

この話題は「沢山の本を読んだ」ことで覚えていたわけではなくて、毎朝毎晩、インターネットで「アルシオーネ」「レオーネ」の画像検索をしていたのがきっかけでした

最初の新聞の記事からカートピアまで辿り着くのに5か所ぐらいの記事を経由しましたが、幸いと言うか何というか、他メーカーのように当時の情報が多くはないので探し出し易いのが探索の意欲を削がない背景になっているのかもしれませんね

蛇足ですが
この数年間で結構な数のブログ・サイトが閉鎖してしまって貴重な情報も消え去ってしまいました
過去の情報を記録保管しておかないと後世の方はネットで見ることも叶わず
些細な情報でもネットに残しておきたいとは思っているのですが、なかなかシンドイ作業ですね