1月17日が過ぎ、18日の朝が来ました。
テレビのニュースショーは、示し合わせたかのように昨日の鎮魂を過去に追いやり、国内の解散政局やトランプ氏によるベネズエラ侵攻の話題に塗り替えられています。一週間を振り返る番組においてさえ、阪神・淡路大震災はすでに「終わったイベント」のようです。このあまりに早い切り替えに、私は言いようのない無念さを覚えます。
昨日、私はあらためて「震災の教訓」という言葉を反芻していました。
ネットには「自助・共助・公助」という美しい三原則が並びます。一方で、SNSに流れる震災をどこか他人事のように分析し、頭の中だけで完結させたような論理で語る言葉の数々に、私は強い違和感を抱かずにはいられませんでした。
メディアは視聴率を重視し、より新しく衝撃的な東日本大震災や能登の地震の映像をクローズアップします。その陰で、阪神・淡路大震災の記憶は「古いもの」として隅へと追いやられ、あたかも地方のローカルな話題であるかのように矮小化されていく。そこにある命の重さの選別に、私は胸が締め付けられるのです。
しかし、31年前。ボランティアリーダーとして一ヶ月間、現場で走り回った私の記憶にあるものは、そんな洗練された理論ではありません。
災害当日、社会インフラは完全に沈黙していました。行政の手が届かないその極限状態で命を繋ぎ止めたのは、精巧なシミュレーションでも高度な知識でもありませんでした。
それは、同じ被災者である近所の人々の「〇〇さん、大丈夫か!」という必死の声かけでした。互いの名前を呼び合える関係があったからこそ、救えた命があったのです。理屈を超えた人間同士の絆。
本当の意味での共助とは、マニュアルの中にあるものではなく、あの混乱の中で泥にまみれて差し出された手、そのものだったはずです。
私が統括したボランティアの現場もまた、華やかな感謝とは無縁の世界でした。
暗い体育館での果てしない物資の仕分け、埃まみれの運搬、鳴り止まない電話対応……。誰の目にも触れず、誰からも感謝されることのない孤独な裏方仕事の連続。直接ありがとうと言われる瞬間など、活動のほんの一握りでした。
何をやっても、どこまでやっても、拭い去れない無力感ばかりが残る毎日でした。それでも、その見えない献身の積み重ねが、あの時、止まりかけた街の鼓動をわずかに支えていたのだと、今は信じたいのです。
今の報道や、知識だけで震災を語る人々からは、この泥臭い共助の視点が抜け落ちている気がしてなりません。備蓄品を揃えることや行政の支援ばかりが強調され、いざという時に隣人のために動ける関係性を作るという、最も困難で大切なコミュニティの確立が置き去りにされています。
あの日を共に戦った友人が、SNSでこう呟いていました。
「コミュニティの確立が立ち遅れているように思え、少し心配だなと…平和に迎えた朝に、少しだけ不安が過る」
この不安こそが、現場を知る者が共通して抱く真実です。器(制度)はあっても、中身(心)が伴っていない今の社会への警鐘です。
世間が震災を忘れ去っていく、1月18日。
私は、あの時誓った教訓をもう一度心に刻みます。紡ぐべきは、最新の防災知識ではなく、隣人と明日を生きるための生きた絆であると。
たとえ明日、メディアが何も報じなくなったとしても、私は語り続けます。あの日、現場で確かに感じた人の手の温もりこそが、私たちを救う唯一の光だったということを。
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投稿を表示皆さんが言われる通りだと思います。
大災害の時は1分一秒の間に生命の危険があり公的な救助は暫く望めないので身近な人達との助け合いがないと
とても命を救う事が出来ません。
日頃から人間関係を作る努力が必要でしょうね。
これから東南海地震がいつ起こるかわからないですからお互いに心構えが必要でしょうね。
今迄の教訓を如何にいかすかですね。
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投稿を表示こんにちは。
報道機関ってザックリ言えば人の不幸を記事にして利益を得ている企業ですからね。一部の公共放送を除けば過去の災害や事件には殆ど触れることはありません。視聴率が取れれば大々的に報道し続けますが、通常は一般大衆が興味を引くような芸能人や政治家のスキャンダルや一般人の事件事故をこれでもかと流し続けるのが常です。今朝、某公共放送局で能登半島地震の被害に遭った人たちの現状をドキュメンタリーで取り上げていましたが他局ではまず取り上げないでしょう。
幸い今はSNSなどでごく普通の人でも情報発信することが出来ます。私たちに出来ることは正確な情報を知りたがっている人たちに正しく伝えることでしょうね。最近山火事が多いですが私は地元自治体の消防団の人から消火の様子を詳しく教えて貰いました。それにしても報道機関のヘリ、消火の邪魔に見えるのでいい加減撤退して欲しいです。
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投稿を表示本当ですねぇ。語り継ぐ事の大切さを感じるものです。
私も東日本大震災津波の被災者として、やっと生徒達の前で語れるようになったのが6年前です。被災したBHレガシィの画像等を使って物的被害の様子を伝えますが、当時の人の行動は画像では伝えれず言葉で伝えてます。万全の対策をして災害に向き合うことを伝えていかなければなりませんね。
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投稿を表示おっしゃる通り人の繋がり大事だと思います
特に裏方でやる作業等ははスポットライトを浴びずですが、すごく重要なものだと思います
教訓を忘れずいきたいと思います