おはようございます
スバぞう🐘です
まずは先日の令和8年熊本地震で被害にあわれた方々にお見舞い申し上げます🙇🏻♂️
酷暑が続きますが、体調管理には十分お気をつけください
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今回はついに!懐かしのアルシオーネ&SVXを取り上げます
(いよいよクルマ紹介も終焉を迎えつつあります😅)
共に熱狂的なファンがいらっしゃいますので丁寧に書きたいと思います
(それでも間違っていたらスミマセン)
アルシオーネ、SVXともに経済の荒波に飲みこまれた悲運のクルマでした😢
アルシオーネの誕生
昭和末期を迎えバブル経済の予感が漂う1985年、富士重工業(当時)から世界を驚かせるクルマが誕生しました😲
その名も「スバル・アルシオーネ」

スバル星団を構成する六連星の最も明るい星、アルキオネから命名されたこのクルマはスバルの頂点に君臨するにふさわしいデザインでした
それまで「四輪駆動=悪路・雪道」しかなかったスバルのイメージを根本から覆す強烈なウェッジクーペスタイル
「くさび型」を体現したデザインでした
水平対向エンジンの利点を活かし、レオーネではエンジンルームにあったスペアタイヤをトランクに移し、SUBARU史上唯一のリトラクタブルヘッドライトを採用する事で、低いボンネットを実現
空気抵抗係数cd=0.29(FF VSターボ)という、当時の世界最少値を達成しました
このクルマはやはりメインマーケットのアメリカからの要望に応えたものでした(恐らく)
「2人乗りの(安くて)カッコイイクーペが欲しい!」
これも想像ですが、当時売れていたフェアレディZやRX-7(初代)に感化されたと思います

富士重工業はその声に応える形でレオーネをベースに開発を開始
というか車台はレオーネのままだったので、ホイールベース(前輪と後輪の距離)が短く、前後のオーバーハングが長い独特なスタイルになりました
アルシオーネ(米国名SUBARU XT)はレオーネ同様安さを武器に出だしこそ好調だったものの、
その年の9月のいわゆる「プラザ合意」により急速な円高となり、それまで1ドル240円だった為替が一年後には150円になりました(現在に近いですね)
それに伴い日本からの輸出品の価格競争力が急速に低下、値上げを余儀なくされ急速に競争力を失ったアルシオーネの販売は低迷します
水平対向6気筒、2.7Lエンジンを投入し上級路線に変更し回復を狙うも大きな効果はなく、1990年に販売を終了しました😢

日本国内では、唯一無二のフォルムや未来的なデジタルメーター等、一部で絶大な人気を得たもののアメリカ同様販売台数は伸びませんでした
SVXの誕生
アルシオーネで「安価なクーペ」の導入に失敗した富士重工業は、アメリカ販社側と協議を重ね、本格的スペシャリティーカー市場への参入を決定します
デザインは、かの有名デザイナーであるジウジアーロに依頼
航空機のキャノピーを思わせるガラスで覆われたキャビンは非常に美しかったです
1989年、平成初のモーターショーで「SVX」としてコンセプトカーを出展


その2年後の1991年、アルシオーネ終了の翌年に、ほぼコンセプトカーのまま「アルシオーネSVX」が発表されました🤩

全幅1770mmのワイドボディ(当時)に新開発の水平対向6気筒3.3Lエンジン(EG33)を搭載
AWDは、その後WRX等に採用されたトルクスプリット方式(VTD)を初搭載
「500mile a day」(1日500マイル≒800キロ)をキャッチコピーにしました

そのコピー通り、運転すると滑るように加速しあっという間に法定速度を超えてしまう安定ぶり
コーナーを攻めるのではなく、高速道路をクルーザーの様にひたすら走るのが得意でした
しかし、アルシオーネに続いてSVXにも悲劇が襲います
そう、バブル経済の崩壊です
狂乱していた経済は一気に冷え込み、贅沢な大型2ドアクーペは軒並み販売不振に😖
ユーノスコスモ、三菱GTOなどと共に、SVXもその渦に巻き込まれ、1996年末に5年の生涯を終えました
スバぞうは何度かSVXのハンドルを握りましたが、バイパスや高速を走るのには最っ高のクルマでした
一方、裏路地に入ると、その大きさとドアの長さに苦労した思い出があります
(1770mmの幅は今でこそ普通ですが、当時は大きかったです)
【プチうんちく】
そのSVXですが、調べたところ、全長・全幅は現行レヴォーグより短かったです!ビックリ!
ただ、このデザインは販売終了から30年を経た今でも全く色褪せません
今の若い子たちがSVXを見ると「どこのクルマですか!?」とザワつきます
今でもその位のインパクトはありますね😍
無理だとは思うものの、復活を望んでしまうスバぞうなのでした
【おまけ】
この投稿を執筆していた時に、ふと思い出しました!
アルシオーネがデビューした1985年の東京モーターショーで、SVXの先祖ともいえるコンセプトカーが出展されていました!
その名もF-9X!

キャノピータイプのガラス処理などSVXに通じるものがあると思いました
若きスバぞうは当時「リアル流星号だ!」と思っていました(わかる人は少ないだろうなぁ😅)
おしまい
スバぞう🐘
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投稿を表示こんにちは😃また今更平蔵でございます😃😃
連休に入り溜めに溜め込んだスバ学の投稿を一気見してます。
アルシオーネ、なんとなく覚えてる。
SUBARUの高級な車。
TやNの高級車は王冠みたいな名前のモノなのに、SUBARUと言ったら…ひょっとしてイカしたメーカーなのか?(平蔵好み)と、認識し始めた頃かな?
SVXは、めちゃんこ覚えてますわ‼️
『オーナーになってやってもイイぜ😏』
と、当時旦那に言ってたっけ😁←生意気なヤツだ!それは過去の私です。今も相変わらずです。
このころから、SUBARUをチェックしはじめたのよ〜将来のために…
当たってたね!偉いぞ!過去の平蔵!
今更の長文、失礼しました😃😃ふふふ
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投稿を表示アルシオーネSVX、今でも思い出します…
生産終了直前に、当時親父がコロナGTがエンストするようになり、限界だと言って新車購入することになり、何か良い車はないかと?っと言われ、SVXを提案。
気に入った、買いに行くぞ~っと、名古屋スバル稲沢店に買いに行くと…すいません先月で受注終了となりましたっと言われ購入を断念(;´Д⊂)
結局、当時フルモデルチェンジしたJZX100チェイサーツアラーVを購入しました。
まあ、この車は車でサイコーでしたが(^^ゞ
その後、私はSVX忘れられず、Sti Version V TypeR Limitedを購入しました~(^^ゞ
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投稿を表示SVXは、フラっと立ち寄った県庁所在地のディーラーさんで、店長さんのクルマをご厚意で試乗させて頂いた事がありました。
国道から側道に入り、アクセル全開していいですよ!って言われたので踏み込んだら、地面に吸い付く様な挙動😳。当時学生だったうちのカミさんが助手席に乗ってましたが、SVXをいたく気に入り、就職活動で地元の🍵🍊県のディーラーを受け、受かったらSVXを乗り回すんだと息巻いてました(結果はうちに永久就職😅)。
その後、太田の叔父が回してくれた群ナンバーのレオーネやレガシィを、当時専業でしたので、こちらの陸運で名変をお願いしてましたので、ほぼリオラさんでしたが😊。
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投稿を表示アルシオーネねた、現役オーナーとしては嬉しい限り
改めて、アルシオーネというのは何とも独特で孤高な存在なのかと
実際、当時の開発担当部長だった高橋三雄先生やデザイナーの碇穹一さん、若尾文男さんと何度かお話をしたことがありますが、その思い入れも格別なものでした
そんな関わった方々の思い入れとは裏腹に、当時の消費者には想いが届かなかったのが寂しいところです
当時の日本は正に付和雷同、
個性を主張して孤立するよりも、周りに合わせて主流派になろうとする時代
垢抜けない弱小メーカーの製品など歯牙にも掛けない時代だったのかと
そんな垢抜けない車とレッテルを貼られたアルシオーネも、今では個性の塊として見直されているのが散見されます
40年経っての好評価、何とも感慨深いですね
以下、補足など
仰る通り、スバル・オブ・アメリカの当時のラム社長の要望でした
その時に提示されたのは、ベルトーネ社でガンディーニがデザインした「ジャガー・アスコット」と言う車でした
[スバルデザイナー放浪記/碇穹一]
https://hj-tsubo.seesaa.net/article/183915948.html
高橋先生のお話しだと三代目レオーネとアルシオーネはセットで開発提案されたとのことでした
アルシオーネありきのレオーネなんだそうです
この「アルシオーネのホイールベースは短い」という通説
当時の他車種と比較検証したことがあります
実際にはトレノやスタリオン、プレリュードよりも長いことを皆さんご存知ないようです
https://minkara.carview.co.jp/userid/591282/car/574500/3921680/photo.aspx
それに3cmの違いで指2本、5cmなら指3本、10cmでさえ拳1つ
フェラーリ・テスタロッサでさえアルシオーネよりも拳1つ長いだけ
テスタロッサやポルシェのオーバーハングは相当長いのですが、それを指摘するような方は皆無
その違いは車高の高さに起因しているのではないでしょうか
アルシオーネも車高を下げればオーバーハングの違和感は相当軽減されます
アルシオーネの国内販売台数は1985年から1991年の6年間で8,000台でした
当時の日経紙によると当初の販売目標は月販500台だったそうなので、単純計算で500台×12カ月×4年=24,000台
目標に対して1/3、販売力低下分を加味して20,000台としても1/2以下ですから不振の評価は止む無しでしょうか
ただ、本来の市場は北米
その北米では80,000台が売れたので、実に日本の10倍
欧州/豪州では10,000台を販売
約100,000台が総販売台数となるのですが、スバルという当時の企業規模を考えれば、事業戦略としては計算通りと言えるのかと
横並びを好む日本での販売不振
自分の感性で行動する北米での好結果
国民性や文化の違いで、こうも結果が変わってしまうとは興味深いですね
因みに、北米で売れたことでアルシオーネの部品を今でも北米から取り寄せられることに繋がっていたりします
長文となってしまいましたね、失礼しました
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投稿を表示SVXにはつい反応してしまいます(笑)
20年以上を共にしました。特別仕様車S3にのみ設定のあったブルーマイカ。とあるイベントで、駐車場スタッフの若者が目を輝かせて「憧れのクルマですけど実車見たのは初めてです」と言ってくれたことなど、思い出は尽きません。
低い車高は、後ろにトラックなど着かれるとまぶしくてね…
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投稿を表示初代アルシオーネの初期型 今で言うアプライドAに乗ってました。シングルブレードワイパーが流行っていた時期でもあり、ライズアップ格納機構をそなえたコンシールドタイプシングルブレードワイパー 回転軸移動機構と富士重工らしいワイパーが付いてましたが、アプライドAだけ助手席側に格納、不都合があったのでしょうか?アプライドBからは、運転席側格納に変更になりました。写真で見ても格納されているので、ワイパーが見えません。
F-9Xは、2.0LDOHCでターボチャージャーとスパーチャージャー付きエンジンが搭載されていたと思います。
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投稿を表示とっても懐かしく…それだけの歳を重ねました。当時もその後もずっと憧れの車でした。
今見てもほんとデザインも、中身も詰まったものすごい作り手の力量を感じる一台ですよ。
今の時代も当時より難しい情勢かもしれませんね。
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投稿を表示この頃のスバル車には六連星のCIが付いていませんでしたね、(サンバーは六連星でした)シドニーで見かけたSVXには六連星がついていました、なぜ国内販売車にはつけないのかな?って海外でスバル車見かけるたびに思っていました。六連星が復活したのはBHの後期型が出る頃からでしたね、あの頃の台形のラジエーターグリルは個人的にあまり好きじゃなかったです。
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投稿を表示スバぞうさん、
おはようございます。
今朝のうんちくも最高です👍
今観ても全く色褪せた感じも
なく、時代の先取りをし過ぎて
いたのだと、改めて感じます。
オーナーさんを見ると、
乗りたくても
乗れなかった人たちの
羨望の眼差しも蹴散らす
破壊力、相当ですね😅
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投稿を表示今回もためになるうんちくでした。
フィアットX1/9は中学当時のスーパーカーブームで初めて見たスーパーカー(?)でおそらく通勤で乗っていた人がいたんだと思います。水平対向6気筒2.7Lエンジン、あまりにも有名な911のエンジンでしたね。その後911ではないけどそのエンジン積んだクルマに乗っていました。
アルシオーネはその奇抜((失礼!)なスタイルで熱狂的なファンもいましたね。
F-9Xというコンセプトカーは初耳です。1985年の東モといえば日産MID-4が人気だったのかと。