今日はF1ですね。
これはスバルが元アルファロメオのエンジニアで水平対向エンジンの権威といわれるカルロ・キティ博士率いる「モトーリモデル」社と共同開発した最初で最後のF1エンジンです。
WRCのイメ―ジが強いスバルですが、1990年シーズンにF1に参戦しています。しかも、チーム(コローニ)の株を50%以上買い取ったワークス参戦というから驚きです。
コローニF1に搭載された3.5Lの水平対向12気筒は60バルブというかなり凝ったメカニズムで最高出力は600ps以上と当時のF1に負けず劣らないスペックでしたが、エンジンの大きさ、重さに加え、絶対的な熟成不足は否めず、レ―スでまともに走れず、予選どころか、予選に進むための予備予選を通過することが叶わなかったため、わずか8戦でスバルはF1からの撤退を発表。当時、日本でF1人気は髙かったが、本線で日の目を見ることはなかったため、マニアはさておき、多くの人が参戦の事実を知ることがなかったというわけです。まさにバブルの好景気が生んだ悲運のエンジンといえるでしょう。
また、このエンジンはレーシングコンストラクターの童夢とワコールのジョイントで製作されていたスーパースポーツカー「ジオット・キャスピタ」の1号車に搭載されており、現在は石川県小松市の日本自動車博物館で見られます。
今日はF1ですね。
これはスバルが元アルファロメオのエンジニアで水平対向エンジンの権威といわれるカルロ・キティ博士率いる「モトーリモデル」社と共同開発した最初で最後のF1エンジンです。
WRCのイメ―ジが強いスバルですが、1990年シーズンにF1に参戦しています。しかも、チーム(コローニ)の株を50%以上買い取ったワークス参戦というから驚きです。
コローニF1に搭載された3.5Lの水平対向12気筒は60バルブというかなり凝ったメカニズムで最高出力は600ps以上と当時のF1に負けず劣らないスペックでしたが、エンジンの大きさ、重さに加え、絶対的な熟成不足は否めず、レ―スでまともに走れず、予選どころか、予選に進むための予備予選を通過することが叶わなかったため、わずか8戦でスバルはF1からの撤退を発表。当時、日本でF1人気は髙かったが、本線で日の目を見ることはなかったため、マニアはさておき、多くの人が参戦の事実を知ることがなかったというわけです。まさにバブルの好景気が生んだ悲運のエンジンといえるでしょう。
また、このエンジンはレーシングコンストラクターの童夢とワコールのジョイントで製作されていたスーパースポーツカー「ジオット・キャスピタ」の1号車に搭載されており、現在は石川県小松市の日本自動車博物館で見られます。
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FLAT4
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2024/04/07
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